医療、看護の現場において「吸引」というケアがよく行われます。

吸引とは、気道、気管内にカテーテル(ストローのような管)を挿入し、異物や分泌物を除去すること。

※異物や分泌物とは、唾液、鼻汁、痰、食べ物などです。

吸引の目的は「気道浄化」です。(気道を綺麗にすること!)

どういう時に行う?

・気道内にある痰や食物残渣が自分の力で出せない時に実施するケースが多いです。

吸引しないとどうなる?

・呼吸における空気の通路が塞がれる、または狭くなるため、酸素の取り込みが悪くなり、二酸化炭素が排出できなくなります。その結果、呼吸不全という状態に陥ってしまう可能性があります。もちろん呼吸が出来なくなった場合は命の危険性もあります。

「吸引」は患者や利用者の状態によっては必要不可欠なケアとなります。

が、病院看護と在宅看護では少し吸引の意味合いが変わってくることがあります。
これ結構大事な事だと思います。

吸引の意味合いの違いとは?

まず、どういう要因が「吸引が必要」に繋がるか。

①病気が原因で気道分泌物が増加する。

これは心不全など心原性の肺水腫や肺炎などの肺疾患が原因であることが多いですが、喫煙者、喫煙歴がある方も慢性的に痰が多くなるケースがあります。

②呼吸機能の低下

疾患の例を挙げると、肺疾患や難病であるALSや筋ジストロフィーなどで呼吸機能が低下し、痰を喀出するために必要な咳嗽力が不十分となることなどがあります。もちろん老化や寝たきりなどに伴う身体機能、筋力低下なども同様です。

③嚥下機能の低下

食事や水分、唾液など、食道に進んで欲しいものが、気管に進んでしまう、進みやすくなってしまう状態。年齢が若い時などは、咳をして気管から出すことが出来ますが、出しきれなくなると肺に進んでしまい、その結果誤嚥性肺炎などが発症するリスクが上がります。

④意識レベルの低下

咳嗽反射や嚥下反射の減退、消失により誤嚥リスクの上昇する。

様々なリスク要因があると思いますが、その中でも起こりやすい内容を記載しました。

実際には単体ではなく複数要因が重なることで、十分な自己喀痰が出来なくなるケースがほとんどです。

呼吸が危ない!=命が危険!

これは、決して間違ってはいないです。
治療を目的とした病院ではこれが絶対です。

在宅も基本同じですが、ここから話すことが
在宅における「特徴」と「大事なこと」です。

「生きる」という価値観は人それぞれ。

「全ての人が治療を望んでいるわけではない」ということを念頭に置くことが重要です。

病院は基本的に治療を望む人がほとんどですが、在宅はその考えが全てではありません。

治療や治すという概念より「コントロール」

在宅には、

「病気を受け入れて余生を過ごしている方がいます。」

「治療や苦痛を伴うことはせず、穏やかに最期を過ごしたい方がいます。」

このような考えの方々は、
例えば最低限の内服薬を服用し、辛い時は頓用で対応する、
などといった治療というより、症状コントロールを主とし、できるだけ自分らしい生活を送ろうと考えていることが多いです。

中には、病気が完治できないのであれば、一切の薬は飲まないという方もいます。

もちろんやれる事は全てやって欲しいと考える方もいます。

上記は薬についてですが、「吸引」も同様です。

まず、吸引のデメリットを説明すると、

苦痛

みなさんが耳鼻科に行ったときやインフルエンザの検査などで鼻に器具や綿棒を入れられた時、
かなり痛いと思います。それと同様に一日複数回チューブを鼻腔から入れられることは、かなりの苦痛になります。

口腔からの吸引もあります。鼻腔内の痛みはないですが、嘔吐反射が起こりやすいことや、口腔からだと気管まで進みづらい点もあり、しっかり吸引したい場合は鼻腔からアプローチするケースが多いと思います。

吸引で暴れてしまう方もたくさんいます。しっかりとした意識レベルで我慢するのは、かなり我慢強い方と言えます。

看護師のスキルは必須です。しかし、「命に関わるから苦しくても(痰が)取れればいい。」の基準で吸引している看護師が多いです。できれば、「痰を取るのは当たり前、どれだけ苦痛を少なくできるか。」を基準でやってもらいたいなと一看護師として思います。

身体への負荷

苦痛や痛みを我慢することで、血圧上昇、心拍ももちろん上がります。それに伴う心負荷増強のリスクがあります。

吸引中はカテーテルの深度にもよりますが、まともに呼吸することは困難です。それに加え咳嗽などが出始めると痰は上がってきますが、肺胞虚脱が助長されます。

空気が入っていない風船を膨らませるときが一番力を必要とするように、肺も同様、一度虚脱(潰れてしまう)してしまうと再膨張に力を要します。その呼吸負荷に耐えられれば呼吸は通常に戻りますが、肺の状態が極端に悪い場合は呼吸再開ができないケースもあります。

身体面への影響ももちろんですが、精神的なストレスも強く、吸引きっかけで不穏になる方もいます。恐怖心を抱く方も多いです。もし吸引ケアを行う場合はストレスフォローも重要になってきます。

上記のような身体的、精神的負担を十分に理解したのち「やらない」と本人、家族が判断するケースも多いです。もちろん、そのような場合、死期が早くなる可能性もあります。しかし、QOLを考えると吸引をしないことがベストな場合もあります。

吸引の意味合いとは?

これは、いくつかあります。

「救命・レスキュー」

生命に重要である呼吸を妨げている原因が気道にある場合、それを取り除くことは上記の意味になります。何かの病気が原因でこのような状態に陥った場合、吸引が行われることが多いです。

改善に伴い吸引の必要性が無くなる場合もありますが、一方、それがきっかけで今後、ずっと吸引をしなくては生きていくことができない方もいます。そのような状態で在宅に帰ってくる方も少なくありません。

その場合は頻回に看護師が訪問したり、吸引ができるヘルパーを導入したり、家族が吸引の手技を獲得する必要があります。

吸引の頻度にもよりますが、頻回な吸引が必要な場合、その家族に多大なるストレスや負担がかかります。それは「吸引が上手くできないと死んでしまう。」という生死に関わってくるからです。
スタッフも医師も常にいる病院とは比になりません。

一度始めた吸引は基本的には止めるという選択肢はありません。

これは「吸引を止めること」=「死」が成り立つ可能性が高いからです。
本人、家族を苦しめるケースが多々あります。

※もちろん苦渋の決断として家族、本人が中止の判断をされることもありますが、医療職が中止の判断は基本できません。

そのために訪問医療、看護、介護があるのでは?

これは間違ってはいませんが、
現実的に、在宅で24時間医療スタッフがベッドサイドに付き添うことができるのか?
それは方法は0ではないですが、多額のお金と必要なマンパワーの準備を考えると、難易度は高いです。緊急的な訪問も行いますが、入院病棟でベッドサイドへ行くのと、在宅で緊急訪問するのとでは時間が違います。

上記のケースは病気きっかけで、治療の一環で開始された吸引ですが、在宅で始まる吸引は違った状況のものもあります。

基礎疾患の有無ではなく、
「吸引を今までしなかった人」が身体の機能低下により、
「誤嚥しやすくなった」、「今まで出せていた痰を徐々に出せなくなっていった。」

というケースです。

これは救命・レスキューという意味合いよりは「延命」という意味合いの方が強くなるのではと思います。

「延命」という概念は色々あると思います。一概には言えませんが、

本当にその苦痛な処置を始めてしまっていいのか?

一時的なレスキュー目的の吸引は賛成です。しかしイレギュラー(予期せぬ)の場合のみです。

どういう意味かというと、

在宅において身体機能が低下するというのは、看護師は必ず見ていかなければならないポイントで、大抵前兆があります。

例えば、

「誤嚥性肺炎発症」

これは急にくることもありますが、ほとんどの場合、

「むせ込みが増えた。」「肺のエアー入りが若干弱くなった。」「声量が変化してきた。」「口数が少なくなった。」「認知機能が低下してきた。」

など、前兆があることが多いです。そういう些細な変化から、家族への注意を促したり、必要なら嚥下評価や食形態の調整など行い、予防行動を行います。

それでも誤嚥が増え、痰が増えたなどの場合は、自己喀痰の程度を随時評価しながら、吸引以外の排痰ケアアプローチをまず行います。万が一肺炎の所見があっても、軽度な段階で発見/対応できるようにします。

それでも呼吸状態が良くならない場合、体力的にそれを望めない場合もあります。

呼吸への影響が徐々に出始めた段階で初めて、吸引実施するかの判断になります。
経過を適切にアセスメント出来ていれば、緊急ケースにはなりづらいはずです。

※ここで行われる吸引は延命処置と捉えられる場合もあると思います。

【色々な判断がされるケースがあります】

本人、家族が何を望んでいるかによりますが、食事を控えて、補液、抗生剤投与しながら、痰が落ち着くまで吸引対応するといったケースがあったり、誤嚥してもいいから好きなものを食べさせたい、とにかく何をしてでも死んでほしくない‥などなど。

自分の場合は可能な限り、
・訪問開始して関係性を築いた後に
・早期の段階で
・体調が安定しており、本人の意思が明確に確認できる時に

延命治療とは?
どういうもの?
メリット、デメリットは?
どういう段階があり、どこまで行うか?
を説明し、本人、家族で話し合ってもらうようにします。もちろん医師と共有、連携はします。

考えたこともなかった人は、結論を出すまで時間がかかります、絶対悩みます。考える時間をしっかりと確保してあげることが大事です。
事が起こってから早急な判断を仰ぐのは、ちょっと違う気がします。

なので、吸引も必要な状態になる前に聞いておくことが重要です。本人、家族が後悔しないように、最善な関わりをするために。

今回は実際の仕事の中で感じた「吸引」というものをベースに色々感じることがあり、書いてみました。最終的には「延命」の部分も関わってきますが、それだけQOLに影響を与えるものだと思うので、何か感じるきっかけになればと思います。